ざっくり思想史 2

ソフィーの世界より、昨日の続き~中世まで。

 

B.C.350~B.C.50頃 ヘレニズム時代
 マケドニアの遠征などにより、各地の文化が融合していった時代。哲学にはソクラテスの弟子たちから派生した、主に4つの学派が出現。

 キュニコス学派 物質的な豊かさに否定的な人たち。ディオゲネスなど。

 ストア学派 運命を落ち着いて受け入れる。「国際人、コスモポリタン」で、文化をどんどん受け入れた。社会や政治に関心が高く政治家も輩出。ストア学派の中から「人間中心主義、ヒューマニズム」も生まれた。

 エピクロス学派 人生の善は快楽、悪は苦痛だとし、苦痛を避け快楽を求めて隠遁、共同集団生活を送った。快楽とは精神的な高次元の快楽を含むものだったが、後に一面的快楽至上主義に陥る。社会や政治には無関心。

 プラトン学派 プロティノスがイデア論を発展させた。世界は[一者(神)、光源]と[闇]の2つの極の間にあり、すべてのものは光源との距離に応じて光に満たされているとした。プロティノスは神秘主義者だった。

「神秘主義」 「神秘的体験」、宇宙或いは神と一体となり自我を開放すること。神秘体験のために修行や瞑想を行う神秘家も多い。体験者は時代や地域を問わず出現するが、特にインドは神秘主義の傾向が強かった。

 

ヨーロッパ文明の2つの起源 インドーヨーロッパ と セム

インドーヨーロッパ B.C.2000頃に黒海カスピ海周辺に住んでいた人たちが移動して広めた。インド、ギリシャ、スペイン、イギリス、北欧からロシアに至るまで言語や原始宗教に類似性がある。世界観は「回帰」、多神教で魂の輪廻を信じ神秘主義の傾向がある、つまり神と我は一体という考え方を持っていた。「見る」ことが重要で、絵や像がたくさんつくられた。ヒンドゥー教と仏教の起源となる。

セム アラビア半島に住んでいたセム族の移動で広まった。古来から一神教で、世界の始まりー神の天地創造と、終わりー最後の審判、という直線的な世界観を持つ。旧約聖書やコーランはセム語で書かれた。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の起源であり、この3宗教はいずれもエルサレムを聖地としている。「聞く」ことが重要で、偶像崇拝を禁じる。

 

キリスト教の成立と拡大
 イスラエル、ユダヤの民は紀元前の千年以上に渡り幾度も他民族に支配されるなど受難の暮らしを強いられてきたが、神への信仰を捨てなかった。幾人もの預言者が「神の御子、救い主、メシアが現れイスラエルの民は救われ、神の国が再建される」と予言した。「救い主はイスラエルの民だけでなく全世界の救い主となる」という預言者もあらわれた。いずれも救い主は武力により国を取り戻すと考えていた。イエスは数多の自称救世主の一人だったが、武ではなく愛と祈りを説いた。人間は自力で救われることはできず、神の前で悔い改め神に許しを請うことしかできないと説いた。
 イエスは有力者から危険思想とされ処刑されたが、復活を契機にキリスト教教会が成立した。キリスト教徒は「キリストを信じれば救われる」という福音を世界に伝えて回った。パウロはアテネにもキリスト教を伝えた。「私たちは主のうちにいる。神は全ての人に悔い改めることを命じている」。ギリシャ人は以前から神を探し求めていたし、キリスト教に改宗する人も多かった。ギリシャ文化とキリスト教は融合し、ギリシャ・ローマ世界に広まっていった。

 

中世 400~1400年頃 ローマ帝国の衰退、ギリシャの終焉~ルネサンスまでの時代 ローマ皇帝がキリスト教を国教にしてから、キリスト教はヨーロッパに広く深く根付いていった。知識人はほぼキリスト教徒で、関心の中心はキリスト教とギリシャ哲学・自然科学(アリストテレスプラトン)とを無矛盾に成立させることにあった。また救済ができるのは教会だけだとして、国家と教会が対立する図式ができた。アウグスティヌストマス・アクィナスなど。
 また、貨幣経済から物々交換になるなど、科学や経済、芸術などは中世に入って後退した。西洋では中世は暗黒時代という捉え方をする向きもある。

 

 

注)このまとめは暇子の独断によって必要箇所だけぬきだしたものです。解釈ミスもあるかも。

追記メモ)ここまででグノーシス派については触れられなかったので後で調べること。